漂着モノログ(real version)

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zoom RSS 散乱するのはゴミか桜か

<<   作成日時 : 2008/11/19 21:53   >>

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 海ゴミについては、環境省が来年度予算で事業費を計上し、その撤去に乗り出すとの話題で持ちきりですが、これまでのこうしたサミット(例→知床佐渡)などでの議論がようやく実を結んだ、といった見方が真っ当で、決して目新しい動きではありません。長年の関係者からすれば、むしろ当然の動きであり、さらに言えば、「撤去はあくまで対症療法」「国内河川から流出し、海岸に漂着するゴミが大勢である以上、より根本的な策、つまり陸ゴミ・川ゴミにも目と手を」といった思いを持つ方々が多いものと思われます。

 NPO小説「漂着モノログ」は、そんな川ゴミをどうするかが中心テーマ。主に発生抑制の観点に基づき、こんな策はどうか、というものを文中随所に盛り込んできました。実例については当REAL Versionで紹介してきた通りですが、今回はそんな川ゴミのうち、現場で放置されたと思われる「散乱ゴミ」の一例を掲載します。

 干潟の奥(崖上)にあったので、これが「漂流→どこかに漂着」となるのは避けられそうですが、とにかくこうしたゴミをいかに出させないようにするかが、撤去(=今あるゴミと向き合う)と並行して進めなければならないことだと思います。発生源に遡った撤去、そして元からゴミを減らす(3R原則で言うReduce(第一優先))のとセットにする(=将来出るゴミを抑える)ことで、その効果はより明確になるでしょう。

▼袋に満載の容器類

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四月六日の巻」〜全員集合 より

 一望する限り、そこそこの散らかりようではある。だが、お目付け岩の効果か、バーベキュー系は見当たらない。その散乱の要因は、此処ご当地を発生源とするものらしいことがわかってきた。干潟上でどうやって宴に興じるのかは詳細不明ながら、居心地が良くなってきたことは事実。状態のいいレジャーシート、濡れた跡のない仕出し系容器、乾いた感じの生ゴミなんかが放置してあるのは、正に動かぬ証拠である。



 干潟で何らかの宴会をやることになったのは、桜の花弁が舞っていたせい? とにかく開花〜満開が早めだった2008年は、4月6日にもなればすでに花が散る散る真っ最中。水辺には花弁も大量漂着することになります。

 これで漂着先がまっさらな状態だったら、きっと一面桜色といった光景が拡がるんでしょうけど、現実はこんな感じで、ちと興ざめ。某ファストフードの100円コーヒーのカップが転がっているのは、場違いというか、無粋というか... 散り乱れるのはゴミではなく、桜花に限ってほしい、そう思いながら拾ったものです。

▼花弁が先か、容器ゴミが先か?

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 暖気にさらされていると、ゴミの臭気も漂うところ。だが、干潟が元気になってくれば、川の匂い、いや潮と言ってもいいかも知れない、一面には清々しい香気が立ち込め始めるのである。
(業平)「残る花弁、さらわれる花弁、ムム」
(弥生)「Goさん、どしたの? 詩人ぶっちゃって。」
(業平)「この年になるとね、こういうの見てると儚くなっちゃって」
(弥生)「うら若き乙女を射止めておきながら、何ですか、そりゃ」
 晴天の中、ゆっくりと散っていた桜花は、風に舞い、川面を漂い、ビーチに寄せている。干潟を香り立たせていたのは、花弁のせいでもあった。これぞ春の薫り、恋の花がさらに彩りを添える。

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