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漂着モノログ(real version)
ブログ紹介
舞台は荒川下流某所。漂流・漂着ゴミは海だけでなく川でも深刻。そのゴミをめぐって、様々なストーリーが...

web小説「漂着モノログ」(www.chochoira.jp/monolog/)で出てくるゴミの実例紹介、文中用語の解説など。同小説のリアルversion(実録版)です。
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千歳と桜を結ぶ線(最終回)

2008/12/04 18:27
 これまでも、大金<=>宝積寺、押上<=>八広、桜新町<=>青葉台など、縁起担ぎや登場人物絡みの駅名・区間を紹介してきましたが、最終話ともなれば主役二人にちなんだ駅を出さない訳には行きません。

 小田急線の場合、千歳船橋と桜ヶ丘というのが考えられますが、約33km離れているため、遠距離恋愛みたいになってしまいます。どうせなら駅間が近接している方がよかろう、ということで京王線の出番となりました。

 桜上水千歳烏山の間は約3km。初乗り運賃(120円)かつ急行で1駅5分程度という、好シチュエーションです。京王線の回数券は指定の駅名がしっかり印字されるタイプなので、両駅を結ぶのを買えばちょっとした記念切符になるだろう、という訳です。

▼現在の桜上水駅。ずいぶんと立派になっていてビックリ。(筆者がかつて経堂・下高井戸界隈で暮らしていた時の同駅は確か地下通路・地上改札だったような...)

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▼桜上水と千歳烏山は急行だとお隣りどうし

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▼千歳烏山を発車する急行列車(新宿ではなく本八幡行き)。桜上水と比べると駅は地味な感じ。

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四月六日の巻」〜漂着モノがたり より

(初音)「So, we have a good idea, えー、ご結婚の暁にはですね、荒川特製の夫婦岩を...」
(小梅)「ホラね、お姉ちゃん、おかしいんです」
(初音)「やっぱり記念切符かしらん」
(六月)「そしたら、京王線がいいよ」
(小梅)「六月クン、その心は?」
(六月)「桜と千歳がつく駅があるからさ。急行だとひと駅。ヘヘ」




 読者の皆様

 小説本編「漂着モノログ」、おかげ様で1年3カ月にわたる長期連載を終え、12月2日を以ってひとまず完結しました。従って、その解説サイトである当REAL Versionについても、今回の記事で最終回となります。バナークリック等でご声援いただいた皆様には、厚く御礼申し上げ、本編(全80話)のご清読・ご高覧を改めてお願いする次第です。

 なお、REAL Versionでの記事数は今回分を合わせて146。掲載を始めた2007.9.24から本日2008.12.4までの日数は438日となりました。偶然ではありますが、ちょうど3日に1本の頻度で綴ってきた計算になります。(ブログとしてはややノロノロした感じですが、これぞ小説における精神「スロー&緩やか」なのです。)

(付記)「にほんブログ村」でのランキングについて

 という訳で、より多くの方々にご覧いただくため、「にほんブログ村」(主に環境ブログ)にてランキングにも参加させてもらっていましたが、そろそろ潮時、と考えています。環境というのは正に多様性あってのものですが、誤字が多いブログが最上位に来るなど、不思議なこともあるものだなぁ、と思いつつランキングを眺めていた作者でございます。(ブログ村内の環境ブログ、約1,000中、「漂着モノログ」(real version)の最高位は2位。ま、そんなとこでしょうね。)(^^;

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 今後、クリック用のバナー にほんブログ村 環境ブログへ は残しておくつもりですが、ランキングからは退く所存です。(「エコプロダクツ2008」開催前日、12月10日目処)

 何はともあれ、長々とありがとうございました!(作者の今後の動向等については、こちらで。)(^^)
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地場の花々

2008/12/02 11:46
 春先の荒川土手では、その気になれば色とりどりの花々が見つかります。されど不肖作者は草花に対する造詣が深くないため、撮りだめした写真なども特になく、いざ、スミレだ、ハルジオンだ、と始めるとこれがなかなか。小説文中ではとりあえず、花束に使えそうな花となるとこんな感じ、というのを想像で入れ込んでみました。(^^;

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 オオジシバリと音だけで聞くと、「はて、どういう意味?」となると思いますが、「大地(おおじ)縛り」と字で書いて、この写真を見ると、「あぁ、なるほど!」ではないかと。ツルのような茎を盛んに出して広がるんだそうで、その名の通り逞しい植物な訳です。(そのパワーゆえ、茎や葉を傷つけると出てくる白い汁は胃腸の薬になると云われます。)



四月六日の巻」〜霹靂、残響 より

(千歳)「じゃ、南実さんこれ」
(南実)「千兄さん...」
 ガーベラ、スプレーマム、ミスカンサスといったところは市販品だが、それにさりげなく地場のスミレとオオジシバリが交ぜてあるところが憎い。
 舞台袖で、花束贈呈の様子を眺めていたシスターズは、
(小梅)「あれぇ、櫻さんに渡すんじゃ?」
(初音)「そういうことなら、コマツヨイグサにするんだった?」
(小梅)「ってまだ咲いてないし」
 てな具合。少々面食らうも、ミッションを果たし、それが好い形で完結したことが何より嬉しかった。
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宣伝カーも使いよう

2008/11/27 22:56
 街中でよく見かける宣伝カーと言えば、最近はパチンコ関係でしょうかね。今より景気の良かった頃は、誰それのCD発売キャンペーンの大型バスとか、あとはこの写真のような何とも悠長(というか、走らせるだけもったいない系)なのを見かけたりしたものです。

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 ガソリン価格がまた下がってきているとは言え、この手の緊急性の低い車はあまり走ってほしくない(特に年末にかけては)ものだと思います。

*小説文中では、より有意義な宣伝カーの使い方として、スクリーン(大型ディスプレイ)搭載車というのを考えてみました。光が注ぐ中では、あまり文字とか見えないかも知れませんが、一応、日陰になる堤防下に配置、ということにしました。(^^)



四月六日の巻」〜流域ソングス より

...トラックにくっついてきた宣伝カーは何と大型スクリーン搭載。横断幕代わりに「Go Hey with A S S E M B L Y」と表示され、メンバー名もしっかりローマ字表記で映し出される。冬木がどこまで手を回したのかは不明だが、イベント会社というのはやることが違う。これはもう立派なプロモーション。この際、司会や前振りは無用である。
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2008.4.6の漂着ゴミ

2008/11/25 21:36
 春になればゴミも活発(?)。2月上旬編その1その2に続き、今回もスクープ調で実物をご覧いただこうと思います。まずは、典型例から。

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四月六日の巻」〜全員集合 より

 上流側につき、集計結果をまとめてみたら次のようになった。この数値を年間集計表に足し込めば、一年分のデータとして完結することになる。
 ワースト1(2):プラスチックの袋・破片/33、ワースト2(1):ペットボトル/27、同数ワースト2(−):フタ・キャップ/27、ワースト4(3):食品の包装・容器類/25、ワースト5(−):袋類/20(*カッコ内は、三月の回の順位)
 掃除機で吸ってそのままになっている分を数え損なっているためか、前回ワースト4だったタバコの吸殻・フィルターは圏外。ワースト5だった紙片についても、粉々になったものは見届けているので、それをしっかり数えれば上位にランクインする筈。


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■観葉植物の大鉢(?)、大きめの袋片


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■園芸用の支柱


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■タイヤ、食品袋、ヒール(?)、DVDケースなど


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■(←)積石の隙間にハマる缶、怪しげなDVD(→)

(業平)「何だぁ、カンカン鳴ってると思ったら」
(六月)「石が積んである辺りも手が届いたもんだから」
 人の輪にかからなかった、ということは捨て方も巧妙だったんだろう。今となってはカウント外だが、十代トリオは空き缶、といっても飲料缶ではなく、ペットのエサ缶らしきものを拾ってきた。その数、二十有数。十分、ワースト上位品である。
(舞恵)「ま、お日様、カンカンだし?」
(緑)「いくら陽気がいいからって、ねぇ?」
(清)「ともかく五カンじゃ済まねぇな」
八「これはゴミステリー的にはどうですか?」
(緑)「空っぽな上に、固めて捨ててあったってのがポイント。どっかのアーティストさんが何かを作ろうとして、やめちゃったとか...」
(舞恵)「ヤダわ、おば様ったら」
 謎は深まるも、とりあえず金属リサイクル行きは決定。


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■プラスチック製寿司桶と電気シェーバー(異色の組合せ)
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春のヨシ

2008/11/22 18:22
 4月の第一日曜日は桜舞い散る折りながら、ヨシの方は遅い春の只中といった感じ。パッと見た限り、このように白々としてますが、根元にはわずかながらも新しい息吹がチラホラ。盛夏に向け、着実にエネルギーを蓄えている、そんな印象を受けました。

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 ペットボトルや袋が紛れていると、生育の妨げになる可能性はありますが、下の写真(こっちは秋のヨシ)のように、食品トレイくらいなら突き抜くのはお手の物のようです。(だからと言って、実験したりはなさらぬよう。…ヨシアシを弁える、とはこういうことを言います。)(^^;

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四月六日の巻」〜全員集合 より

 自然の営みというのは、時に象徴的な光景を作り出す。その若い二人の目の前には、枯れたヨシ、その根元から出てきた緑のヨシの芽。
(六月)「ペットボトルがこのままじゃ育たないよね」
(小梅)「どうだろ、自力でどかしちゃう気もするけど」
 人の関与は最低限で、とは言ってもやはり放っておけない。
(六月)「せっかく出てきたんだ。どっちも助ける。」
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散乱するのはゴミか桜か

2008/11/19 21:53
 海ゴミについては、環境省が来年度予算で事業費を計上し、その撤去に乗り出すとの話題で持ちきりですが、これまでのこうしたサミット(例→知床佐渡)などでの議論がようやく実を結んだ、といった見方が真っ当で、決して目新しい動きではありません。長年の関係者からすれば、むしろ当然の動きであり、さらに言えば、「撤去はあくまで対症療法」「国内河川から流出し、海岸に漂着するゴミが大勢である以上、より根本的な策、つまり陸ゴミ・川ゴミにも目と手を」といった思いを持つ方々が多いものと思われます。

 NPO小説「漂着モノログ」は、そんな川ゴミをどうするかが中心テーマ。主に発生抑制の観点に基づき、こんな策はどうか、というものを文中随所に盛り込んできました。実例については当REAL Versionで紹介してきた通りですが、今回はそんな川ゴミのうち、現場で放置されたと思われる「散乱ゴミ」の一例を掲載します。

 干潟の奥(崖上)にあったので、これが「漂流→どこかに漂着」となるのは避けられそうですが、とにかくこうしたゴミをいかに出させないようにするかが、撤去(=今あるゴミと向き合う)と並行して進めなければならないことだと思います。発生源に遡った撤去、そして元からゴミを減らす(3R原則で言うReduce(第一優先))のとセットにする(=将来出るゴミを抑える)ことで、その効果はより明確になるでしょう。

▼袋に満載の容器類

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四月六日の巻」〜全員集合 より

 一望する限り、そこそこの散らかりようではある。だが、お目付け岩の効果か、バーベキュー系は見当たらない。その散乱の要因は、此処ご当地を発生源とするものらしいことがわかってきた。干潟上でどうやって宴に興じるのかは詳細不明ながら、居心地が良くなってきたことは事実。状態のいいレジャーシート、濡れた跡のない仕出し系容器、乾いた感じの生ゴミなんかが放置してあるのは、正に動かぬ証拠である。



 干潟で何らかの宴会をやることになったのは、桜の花弁が舞っていたせい? とにかく開花〜満開が早めだった2008年は、4月6日にもなればすでに花が散る散る真っ最中。水辺には花弁も大量漂着することになります。

 これで漂着先がまっさらな状態だったら、きっと一面桜色といった光景が拡がるんでしょうけど、現実はこんな感じで、ちと興ざめ。某ファストフードの100円コーヒーのカップが転がっているのは、場違いというか、無粋というか... 散り乱れるのはゴミではなく、桜花に限ってほしい、そう思いながら拾ったものです。

▼花弁が先か、容器ゴミが先か?

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 暖気にさらされていると、ゴミの臭気も漂うところ。だが、干潟が元気になってくれば、川の匂い、いや潮と言ってもいいかも知れない、一面には清々しい香気が立ち込め始めるのである。
(業平)「残る花弁、さらわれる花弁、ムム」
(弥生)「Goさん、どしたの? 詩人ぶっちゃって。」
(業平)「この年になるとね、こういうの見てると儚くなっちゃって」
(弥生)「うら若き乙女を射止めておきながら、何ですか、そりゃ」
 晴天の中、ゆっくりと散っていた桜花は、風に舞い、川面を漂い、ビーチに寄せている。干潟を香り立たせていたのは、花弁のせいでもあった。これぞ春の薫り、恋の花がさらに彩りを添える。
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自説と自論と

2008/11/17 20:54
 総会に限らず、シンポジウムや講演会の類で共通することと言えば? 質疑応答の時間になると、必ずと言っていいほど現われる「自説自論を唱える方々」ではないでしょうか。コーディネーターや司会者に器量があれば、予め「あくまで質問限定」「手短に」「持ち時間(一分とか)を超えたら打ち切り」と制してみることもありますが、これを挑発と受け止められてしまうとかえってうまく行かないことも多いようです。

 シンポジウム(特にパネルディスカッション)では往々にして、パネリストの「自説&自論」(または事例紹介)が長引き、肝心の突っ込んだ議論なり、会場が納得し得る「まとめ」なりが得られずじまいになることも多々あって、質疑応答以前の事態に陥ったりもしますが、その辺が程よく進行し、質疑応答等に割ける時間的余裕ができれば、ある程度の自説自論(or主張)も受け容れられる可能性はあります。

 もっとも、ディスカッションやまとめがそれなりの場合は、そういうのを唱えようとする人も減ることが予想されます。うまく行かなかったがために、鬱憤がたまり、そういう展開になってしまったんだとしたら、論者側にも一理あるかも知れませんね。(議論が活発になった場合も然り?) ここは一つ謙虚に、自説自論時間の長短=その催しの成否、というバロメーター的な見方をした方が良さそうです。

 小説文中では一応、会がうまく行ったと仮定して、その手の方の発言はなかった、ということにしてみました。(ここで登場する総会シーンは、作者なりの理想を描いたものと捉えていただければ、と。)(^^)



ふたたび、四月の巻」〜新たなカウントダウン より

(清)「で、櫻さん、時間はまだよろしい?」
(櫻)「え? えぇ。客席の皆さん、いかがですか?」
 総会屋も来なければ、自説自論を唱える人もいなかった。総会の進行が円滑だった分、時間にはゆとりがある。議決時を上回る大きな拍手で、掃部トークの続行が承認された。
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